琵琶マスのお話story

それは、遠い記憶。浪漫の薫り。

いまから約400万年前に誕生した古琵琶湖。約40万年前から現在のように水深が深く、大きな湖として形づくられてきました。琵琶湖に封じ込められた生き物たちは、古琵琶湖時代の姿をほぼ保ったまま現在に至るか、あるいは独自に進化を遂げてきました。

琵琶湖の豊かさを象徴する魚、ビワマス。

琵琶湖では現在、魚類など50種以上の固有種が確認されていますが、もちろんビワマスもそのひとつ。サクラマスと同じくヤマメの亜種とされています。成魚の全長は40〜50cmほどですが、大きいものでは70cmを超えることもあります。もともとビワマスは、琵琶湖にのみ棲息する固有種ですが、いまでは栃木の中禅寺湖、神奈川の芦ノ湖などに移植されたいとこたちもいます。

幻の淡水魚、ビワマス。

ビワマスの漁場は、主に琵琶湖で最も深い竹生島近辺や北湖の沖合。ビワマスは7℃から15℃の冷水を好む魚で、水深20m以下の中〜下層に棲息しているからです。俗に、月夜の日は、ビワマスに網目が見えるのかどうか、一匹も網にかからないといいます。それほどにビワマスは賢く敏感です。刺し網を最適な水深に仕掛けるのも難しく、その日の水温や水の流れ次第といわれるほどです。  

“アメノウオ”と親しまれる、ビワマス。

ビワマスは秋雨前線が訪れる頃、産卵のために琵琶湖から群れをなして生まれた川を遡上。その様から“アメノウオ”と称され、古くから秋の風物詩として地元の人たちに親しまれています。ビワマスの卵は、海を回遊するサケ・マス類のイクラよりもやや小ぶり。生臭さも少なくて美味です。ビワマスの卵も成魚と同じく、ほとんど流通していないため、地元の人でもめったに口にすることができないほどの稀少品です。

淡海を旅する美食家、ビワマス。

孵化したビワマスの稚魚は川を下り、2年半から3年半を琵琶湖で過ごします。その後、生まれた川を遡上して産卵し、一生を終えます。サケは海に下りますが、ビワマスは琵琶湖という淡海に一生とどまります。ビワマスの好物は、香魚の名がつくコアユ。また、その美しい赤身は、琵琶湖の固有種である甲殻類、アナンデールヨコエビしか食べないからだそう。ビワマスがおいしく、淡水魚特有の臭みがないのは、この贅沢な嗜好にあるのかもしれません。

多彩に受け継がれる、ビワマスの食文化。

淡水魚のなかでも、いちばんおいしいとされるビワマス。刺身、煮付け、塩焼き、天ぷらなど、どう調理してもおいしい食材です。湖東・湖北の地では、独自の伝統料理としてアメノイオごはんをはじめ、味噌蒸し、コモ巻などが知られています。なかでも、なれ鮨の一種であるコケラズシは、お祭りやお正月、結婚式などに供される“ハレ”のごちそうとして、いまでも人気です。

現代によみがえる、進化形ビワマス料理。

上品な甘みの脂がたっぷりのった、ビワマス。そんなビワマスの皮付きの半身を表面のみさっとあぶったのが、ビワマスのあぶり寿司。あぶることで香ばしさが立ち、余分な水分がとんで食感が向上。味もいっそう濃厚に。あくまでクセのない、それでいて、口のなかで優しくとろけます。山椒がピリリとアクセントになって味を引き締めます。

近江は、美味のクロスロード。

近江はその昔から、東海道・中山道・北国街道といった主要街道をつなぐ交通の要衝。たくさんの人、モノ、情報が湖上-を行き交いました。当然ながら、近江発のモノや文化も全国へと伝搬されていきます。ビワマスも贅沢で珍味な地場の食材ゆえに、商人や旅人、時の権力者や文化人たちの間においても、その美味が語り草となり、きっと愛されてきたことでしょう。

そして、美味なる物語、近江絵巻。

テーマは、ビワマスの縁起、ビワマスの伝記、ビワマスの浪漫などなど。著名な戦国武将から豪商、高僧、公家、文人まで、近江ゆかりの偉人や著名人とからんでいろいろなおいしい物語が絵解きされていく……それが、美味なる物語、近江絵巻の世界観。そして、往事の栄華をほのかに醸しだす、典雅なすだれ巻きの装い。オリジナリティを重視した上品で洗練されたその趣きは、さらなる美味の世界へと誘うことでしょう。